グローバル人材を目指す英語と思考のブログ

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ロコグローバルな「品格」とは?-【気概・自己尊厳・行規範・実行力】

今回は年末も迫ってきましたので、品格について考えたいと思います。「日本という国家、日本人の品格が失われつつある」という話はよく耳にしますね。ただ、このように何となく使いやすい言葉で批判したりていると、自分で「わかっているように」感じますが、「品格とはなんなのか?」、「昔と比べて何が悪くなっているのか?」をまず考える必要があます。ロコグローバル人材としてはいわゆる一般的な「品格の高い人」になることを目指していないですし、そもそも品格は「私は品格があります!」と自己宣言するものでもないですね。ということで今回は「品格」というキーワードで「品格という言葉で日本や日本人の衰退が語られる時、本質として何が語られているのか?」を考えてみたいと思います。「品格」について考えることで新しい視点が生まれ、新年の人生やビジネスの抱負を決める時にも役立つでしょう。転職の入社試験で出題されるかもしれません(笑)。

品格とそもそもはなにか?

私自身は品格があるかと問われれば、さすがにありますとは答えれません。また私の周りの人に「**さん(私の名前)は品格がありますか?」と尋ねたら、多くの人は黙り込んでしまうでしょう。優しそう、明るい、気にしなさそう、 能天気(だんだん マズイ方向に・・)などと言われますが、これらは品格ではありませんね。

では品格とは何でしょうか?自尊心、気高さやプライドといった人格的なものから、品位、マナーがあるなど、所作振る舞いに関するものまで幅広いですね。「品格がないと日本、日本人は滅びる」というような文脈で使われている場合は、マナー的なものでなく、国家的性格、人格的なものですね。 

マナー的な品格もちろん大事 なことですが、立ち振る舞いが優雅とか字が綺麗という点については、少なくとも必要条件ではないので、本質からはちょっと違いますね。もちろんあったほうがいいに越したことはありませんが。一旦脇に置いておくべきです。

品格の本質的な解釈としては自尊心があります。ただ自尊心があれば品格が備わっているか?と言われると、これも疑問です。品格はやはり他の人に認められることで、初めてそれが備わっているか判断されるので、どうしたら尊敬されるのか?と考えるといいですね。 尊敬するということはとりもなおさずその人の思考や行動について尊敬されているということになります。いつでも公平で冷静なコミュニケーションをする人だったり、人に責任転嫁せず自分で責任を取るような人ですね。つまり、品格とはの国家や人の思考特性や行動規範であると私は考えます

ロコグローバル視点からの「品格」

「品格がなくなると困る」という点からも何を品格と定義しているかがわかります。

藤原正彦さんの「国家の品格」という本は非常に興味深い本です。読み始めた時はあまりに懐古主義的な印象でしたが、読んでいくと切り口がきっぱりとしていて、かつユーモアもあり、楽しく読めました。基本的に「日本は失った国家の品格を取り戻す必要がある。何故なら現代の欧米主体の効率主義・拝金主義は大災害や大恐慌、大戦争等の人類の脅威に対し脆弱である。だから日本が昔から持っていた武士道や情緒などを中心に品格を復興していく必要がある」という論点から日本の品格復興を訴えています。この論点が正しいかどうかは人それぞれと思いますが、私としては武士道や情緒が根本的解決につながるかは「もし武士道や情緒があれば大戦争や大恐慌は起きず、新型コロナウィルスへの対応もできたのだろうか?」と考えると疑問です。

「品格が大事」という論点は、ロコグローバルな視点(海外とビジネスをしている普通の人の視点)からみると、単純に「品格的なものが確立されていないと、国際社会の一員として認めてもらえない」という論点だと考えます。

必要な品格とは?-【周りに認められる行動規範】

「品格」という言葉が国家や国民の衰退と合わせて語られる時、「品格」は「気概」・「自己尊厳」・「行動規範」・「実行した結果生まれる自尊心」 だと考えられます。明確な行動規範をもって行動した結果、自分がやり遂げたことが有意義なことであれば、自尊心が生まれます。それがその人の人格の一部となり、 周りを人に対して尊敬され、 気品を感じさせます。その結果として品格が備わります。いくら姿勢が良くても、字が綺麗でも、超 いい人でも、ただそれだけでは品格は生まれませんね。

例えば中国古典での「君子」(ここでは立派な人という意味)は品格を持った人物に近いですね。 中国の宋の時代(960年 - 1279年)の政治家・詩人に蘇東坡(そとうば)という人物がいますが、この人は政争で何度も不遇な目に遭いましたが、一生泣き言を言わない人だったようです。逮捕されても余裕をかまし、海南島(この時代は超異国)に島流しにされても、彼の詩はひたすらに明るくポジティブです。しかも政治に対する情熱も失いません。このような人物は現代でも通じる品格が備わっていると考えることができます。この点では藤原さんの定義する品格とも近いですね。

また、日本で人気の坂本竜馬もいわゆるマナーがあった人物として伝わっていませんが、多くの人物と積極的にかかわることで彼の行動規範が創られていき、その規範に基づき結果を出していく、世の中を動かしていくという点では品格を持った人物であるといえます。彼の雰囲気にもそのような気概や品格が備わっていたと思います。

まとめ-必要な品格は【気概・自己尊厳・行動規範・実行力】

温故知新という意味で武士道や情緒的エッセンスを復興することは大事だと思います。ただ、何か大事なものが失われつつあるという不安の底にあるのは、一般的な品格ではなく、世界や諸問題と真剣勝負をするための気概・行動規範・実行力です。昔は確かにそのような気概が日本人にあったかもしれませんが、それは時代のなせる業です。逆に現代は品格が失われつつあるのではなく、確固とした行動規範と実行が求められるタイミングが来たということですね。このような逆境を克服するのは気概です。それは「無くした品格をとり戻す」のではなく「品格=気概・自己尊厳・行動規範・実行力を創っていく」ことになります。

また、その国の良いところを見直すという点も、確かに品格の向上に役立ちます。藤原さんはそれぞれの国で素晴らしい点があることは認めています。ここで日本の良いところを見つめなおしながら、海外の良いところを吸収していくことが大切です。これはまさにダイバーシティ&インクルージョンですね。ただ、基礎として世界に共通する行動規範を身につけておくことが必要条件となります。自分を認め(尊敬するのはなかか難しい)、行動規範を確立し、気概をもって問題にあたることができるような人物になりたいものですね。ただ全人格的人間を目指すと疲れるので、「日本のダメなこの部分は自分が補完する!というような気持ちで、まずは自分の良いところを品格的なものに昇華できるといいですね。

最後に余談ですが、日本ではインフルエンサーによっては「お前が終ってんだよ」のようながダメ出しをしまくり、それを喜んで皆が聞くというパターンが多いですが、どちらが悪いというわけではないですが、単純にお互い美しくないと思います。もちろん欧米にもこのような「なで斬り」パターンがありますが、日本の場合はリスペクトや尊厳もなく、ちょっと異様に映るやり取りですね。気概や自己尊厳が伝わるやり取りができるようにしたいですね。