グローバル人材を目指す英語と思考のブログ

“ふつうの人”とグローバルをつなぐ英語と思考

君は10%-グローバルビジネスでの「立ち位置」

何事も「自分や相手の立ち位置」を理解しておくことが大事です。特にビジネスではそれが死活問題にかかわります。

大昔に遡ると中国の孫子の「相手を知り、自分を知れば百回戦っても勝てる」(孫子は兵法書の名前、書いた人は孫武)や、競合や自社を分析する3 C 分析などのビジネスフレームワークがあります。

紀元前500年から今まで言われているということは・・・、実践が難しいのでしょうね。

「日本にいながらグローバルマーケットで活躍を目指す」ロコグローバル人材にとっても、「自分の人材価値を知り、また、グローバルの人材マーケットの価値を知る」ことは大事ですね。

 

もう少しビジネスにスコープを広げると、「日本の立ち位置と海外(世界マーケット、海外本社)の立ち位置を知る」ことが大切と思えてきます。

日本は今でもまぎれもない経済大国であり、国民もマジメである一方、マインドとしてはいまだに「日本は特別である、日本のやり方があるべき姿である」という考えが多勢を占めていると感じます。

社会や企業全体がそのようなマインドに支配されると、自分自身や企業が硬直マインドセットに陥る危険性もあります。当然それはグローバルにも伝わり、「同じ認識をもったパートナー」として相手にされなくなってしまいます

この危機感はアメリカから日本に帰ってきてずっと肌感覚で感じています。そこで今回は、「自分(日本)とグローバルの立ち位置を知ることの大切さ」について考えてみたいと思います。

 

日本人が考える「立ち位置」

アメリカでしばらく働き、日本に戻ってきた時、ある「違和感」を感じました。

勤め始めた職場での皆さん(日本人)の海外本社や拠点に対するコメントの多くがネガティブだったからです。

その当時、確かに海外の状況がバタバタしており、日本もその割を多分に食っていました。

しかし、その問題が一段落した後も、ありとあらゆる面で「日本はしっかりやっているのに、海外がしっかりしていない、 日本の事情を理解していない」というコメントを多く聞きました。

日本で10年以上外資系企業で勤めている中で、「海外はいい加減だ」という話をそれこそ何度耳にしたのはわかりません。

私が働いてる会社の場合は、皆さんとても真面目で勤勉です。しかしながらその勤勉さと現実のギャップが「仕事が思ったようにできない」という現実として現れており、怒りの矛先の多くは海外のマネジメントやオペレーションに向けられます。

逆に言えば「文句を言う対象が外にある限り、自分は安泰」です。野党的な立場にいる限りは安心なのです。

 

なぜ「自分の立ち位置」を誤解してしまうか?

原因として考えられるのは、日本人のビジネスパーソンに「経済大国として成功した自信が潜在意識にある」からです。

私は直接日本の経済成長に貢献していませんが、私でさえ「自分は日本経済大国の一員だ」と思うことがあります。

これはある意味、自己肯定感を持つための防衛本能かもしれません。私も海外在住時、アメリカ人に相手にされない時に「経済大国日本のメンバー」という全く根拠のないプライドで自分を慰めていた面もありました。

このことはつまり「日本や海外を色眼鏡でみている」ということになります。

例えば、私の勤務する会社は、世界のマーケットに対する売り上げが約1割ぐらいで、製品群も海外の主流とは異なります。

しかし聞こえてくるのは「海外は日本の顧客の要求を分かっていない」という声です。

また、アメリカでは同じような面白い経験をしました。当時私が働いていた会社は、業界では比較的大手と言ってもいい日本企業の子会社で、アメリカでの売り上げは全体の売上の1割でした。アメリカのお客さんはそれほど納期や品質にシビアではありませんでした。しかし、私はお客さんに「お前の会社は救いようのない会社だ!」 怒鳴られたこともありました。理由は単純で、日本の多くの売り上げを占める中国への輸出が優先されて、モノがアメリカになかなか来ないからでした

この点からも単純に「日本企業はしっかりしているが、海外はだめ」とは言い切れません。単純に「ビジネス戦略上のリソースの分配がされていない」だけの話です。

 

海外が考える「自分の立ち位置」

一方インドや中国はどうでしょうか?彼らの態度には「自分たちの仕事に対する自信」と「相手の期待に応えよう」の二つのマインドを強く感じます。

もちろん彼らも本社の方針には文句を言いますが、「自分は問題ないが、相手に問題がある」というマインドに支配されている感はありません。

また、よく「その国のマーケット分かっていない」という苦情はよく聞きます。しかし、例えばインドは国内の規制も多く、非常に複雑なマーケットですが、少なくともグローバル標準に合わようという方針が見えます。自分の経験範囲ですが、グローバルの一員としてはインド、中国のほうがグローバルビジネスとの距離は近いように感じます

 

まとめ-ナイーブさを克服するために

「なぜこんなことができないんだろう?当たり前のことができないんだろう?」と自分標準で考えるのは簡単です。

海外への不平不満を聞いていると、もちろん至極もっともな意見もありますが、それを続けていると、自分の立ち位置を安全な場所に置くようになり、相手がへの不満がつのります。

この場合、海外本社との対応に、二つの選択肢が出てきます。「1. 日本の不満をぶちまけて、日本の正当性を主張する」、または、「2. 海外本社の意図を理解して自分のできる範囲で実行する」の二つです。

当然、1.の行動は簡単で気持ちが晴れますし、2. は難しいです。

1. のような状況が続くと、会社にとっても個人ににとっても、新しい成長の機会を逃したり、大きな痛みを伴って何かを変えることができなくなります

2. の場合は困難ですが、自分の立ち位置やグローバルビジネスの意図が見えてきます

現実的には日本の立ち位置と海外の立ち理解しても、仕事の難しさや困難な状況は大きく変わりません。しかし、次の一歩を考える思考回路が頭の中に組み込まれます

この思考回路が自分を知り、相手を知る術を教えてくれます。また、そのリアルな世界観の中で自分や企業がどう動くべきかを教えてくれます。

 

英語で"Naive"という言葉があります。日本ではナイーブですね。

ナイーブは日本では「繊細な、純粋な」なという意味ですが、英語圏では「世間知らず、未熟、騙されやすい」という意味があります

私は日本に蔓延する「己を知らず、相手をしらない」マインドをナイーブな姿勢だと感じてきました。

経済大国日本の成功を日本人が「勤勉によるところが大きい」と考えているため、「まじめさ」が「ナイーブさ」に繋がっていると考えられます。

グローバルはある意味「したたか」です。歴史を見てもわかりますね。

「ナイーブな日本・ナイーブな日本人材」から脱却するために、「自分の人材価値を知り、グローバルの人材マーケットの価値を知る」ことができるよう、心の眼鏡をかけ替えてみましょう。新しい気づきがあるかもしれません。

最後に・・・「まず文句をできる限り言わない」というのはどの分野でも大切ですね。